*--光龍ぬうちなーありくり随筆--*

13国立国語研究所編『沖縄語辞典』が私のバイブル。腰当(くさてぃ)。その1  2010/10/18(月)
12 うちなー大和ぐちを、うちなーぐちだと思ってしまっている現実  2010/10/11(月)
11 1969年生まれでうちなーぐちを話せるというのはありえない  2010/10/08(金)
10 琉球新報夕刊に2008年4月〜12月まで、うちなーぐちエッセイを連載  2010/10/07(木)
9 「沖縄の風」というサイトに3ヶ月間うちなーぐちエッセイを書きました。  2010/10/06(水)
8 おきなわBBTVに私の動画があります!  2010/10/06(水)
7 「まやー(猫)」も分からない社会になってしまっている  2010/10/06(水)
6 うちなーぐちを教育に導入する為にウェールズに学ぼう  2010/09/23(木)


13国立国語研究所編『沖縄語辞典』が私のバイブル。腰当(くさてぃ)。その1


上の写真は、国立国語研究所編『沖縄語辞典』の表紙。私の持っているこの辞典は購入してから、もう十年にもなるので、題『沖縄語辞典』という文字が判読しづらくなっているほどすりきれている。


さて、前回11と、12に書いたように、要するに私を含めて1969年生まれの人でうちなーぐちを話せる人、また、うちなーぐちに関してしっかりした知識や、教える事ができるという人はまずいないといえるでしょう。

大げさに聞こえるかもしれませんが、うちなーぐちに関しては1879年(明治12年)以降、政治、教育の場から排除されてきたので当たり前と言えば当たり前の事なのです。

何も私達1969年生まれのせいではないのです。

だからと言って失われてしまった言語ではあるが、それを取り戻す事は出来ないのか?

それを、私は、うちなーぐち復興に目覚めた10年ほど前からずっと考えてきました。

そして、色々な文献を読みあさりました。それだけではなく、うちなーぐちの母語話者にも尋ねてまわりました。

戦前生まれのうちなーんちゅならまだ、うちなーぐち「母語話者(Native Speaker)」と言えるので、うちなーぐちに関しての聞き取り調査は良い資料になりえると思います。

失われた言語を復興するに当たって、その言語の文献や話者が古ければ古いほど、その原形は保たれていると考えるのは当たり前の事でしょう。

ですから、現在私がうちなーぐちに関して分からない事や、調査をするときに、教えて頂いているのはたくさんいらっしゃるのですが、そのなかでも大正6年生まれの首里金城町の女性の方が最高齢です。

さらに、文献として一番根拠になる本が

国立国語研究所編『沖縄語辞典』という辞典です。

これは私が最も敬愛するうちなーの学者「島袋盛敏(しまぶくろ せいびん)1890〜1970」氏が中心となって編まれたうちなーぐちの辞典で、2010年現在で最高峰と言える辞典だといえます。

未来永劫これぐらい貴重な辞典はもう出て来ません。

それはなぜか?

次回「その2」に続く。
Date: 2010/10/18(月)


12 うちなー大和ぐちを、うちなーぐちだと思ってしまっている現実


上の写真は2008年に、おそらくヨーロッパ初だと言われるうちなーぐち講座をデュースブルク・エッセン大学にて行っている様子です。唄三線も授業で披露しました。




前回11に、1969年生まれの私と同年生では、うちなーぐちは話せないという事を書きましたが、まれに「俺はうちなーぐちを話せる」という事をいう人がいます。

そういう人に

「ながにんでぃ、いゅしぇーまーが?『ながに(背中)とはどこか?』」、

とか

「くまんかい、ゐちくぃれー『ここに座ってくれ(ゐの発音は知らないし、その存在すら知らない)』」

などと聞くともうお手上げです。

1969年生まれの人は、自分たちでうちなーぐちだと思っているのでしょうが、その使う言葉はほとんどが、

「うちなーやまとぅぐち(おきなわ日本語)」

という、日本語とうちなーぐちのまぜこぜ言葉なのです。

一番分かりやすい例でいうと「おじー、おばー」。

これは「おじいさん、おばあさん」のうちなーぐちだと思われていますが、完全にうちなーやまとぅぐちで、本来のうちなーぐちとは全く関係はありません。

その説明は長くなるので興味のある方は私が過去に琉球新報に書いた記事

(9)たんめー・うすめー/身分制度の名残
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-133683-storytopic-129.html



(10)ぅんめー・はーめー/士族と平民で違い
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-133686-storytopic-129.html

をお読みください。

次回、私がうちなーぐちを教える際、根拠にしていることについて書きます。
Date: 2010/10/11(月)


11 1969年生まれでうちなーぐちを話せるというのはありえない


上の写真は2008年に、おそらくヨーロッパ初だと言われるうちなーぐち講座をデュースブルク・エッセン大学にて行っている様子です。



さて、私、比嘉光龍(ふぃじゃ ばいろん)は、うちなーぐち(おきなわ語)講師と名乗らせていただいてはおりますが、私の事をいぶかしげに思う方も多いのだと思うのは十分承知してはおります。

なぜいぶかしげに思うのか?

その理由は様々だと思われますが、まずは第一に年齢でしょう。

私は1969年生まれで、今年41歳になりますが、そもそも同年生でうちなーぐちを話せる人というのは、うちなー芝居や、うちなー民謡など、うちなー文化に携わっているか、何かしら、うちなーぐちを研究している人以外はまずいないというのが現状でしょう。いたとしても、かなり少数ですが。

さらに、上に記した人達もうちなーぐちで話は出来ても、うちなーぐちに関して説明してくれ、さらに、それについて何か文を書いてくれ、また、うちなーぐちを教えてくれと言われたらまずお手上げでしょう。

私と同年代の人たちは感覚で、うちなーぐちを話しているというのがほとんどであって、その根拠は

「先輩が使っている言葉をそのまま使っている」とか、

「何となく周りでこういうふうに話をしていたからこれがうちなーぐちだと思っている」という域を出ないというのが本当の所でしょう。

そうなのです。

同年代でうちなーぐちに関して自信を持って話や、説明が出来る人というのはまずいないというのが悲しいのですが、今のうちなーの現状なのです。

それなのに、なぜ比嘉光龍(ふぃじゃ ばいろん)は41歳という若さで、ラジオやテレビ、そして新聞などで自信たっぷりに、うちなーぐちを語っているのだ?という疑問をお持ちになる方も多いと思います。

そうです。現実問題として1969年生まれというのは、もはや日本語教育のみを受けただけではなく、その親の世代と言うのは強烈な、うちなー文化否定教育を戦前、戦後を通して受けてきているので、その子どもたちに、大切なうちなー文化の根幹「うちなーぐち」を受け継がせようという事を家庭ではまず行わなかったのです。

そういう理由から1969年生まれでうちなーぐちを話せるというのはまず、ありえません。



次回に続く

Date: 2010/10/08(金)


10 琉球新報夕刊に2008年4月〜12月まで、うちなーぐちエッセイを連載

2008年4月28日から同年12月9日までの約8ヵ月間、琉球新報夕刊(当時は夕刊がありました)にて、毎週1回うちなーぐちエッセイを書いていました。

題名は『光龍ぬアハー!うちなぁぐち』です。

その記事34回分、全文が琉球新報ウェブサイト

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-139317-storytopic-129.html

にて読めます。

頑張って34回書きました。私の汗と涙の結晶です。どうぞお読み下さい。

さらに、実は、その34回書いたコラムを、うちなーぐちに訳して、それを、私自身の声で吹き込みました。

その音声も聞くことができます。

ただ、うちなーぐちを分からない人は、私が何を言っているのか分かりませんよね。

うーん、日本語の記事を見ながら、ああ、大体ここは、こう言っているのだろうなと想像して聞いて下さい。

申し訳ない。

それの、うちなーぐち文も機が熟すれば掲載したいと思います。

この音声とコラムは、琉球新報ウェブサイトにて永久保存されるそうです。

100年後のうちなーんちゅも読んでくれる事でしょう。

御拝(にふぇー)でーびる。

追記
2008年までは「うちなぁ」という表記でしたが、2010年現在は「うちなー」と表記を変えました。その辺はご容赦下さい。
Date: 2010/10/07(木)


9 「沖縄の風」というサイトに3ヶ月間うちなーぐちエッセイを書きました。


「沖縄の風」というウェブサイトを運営している方からうちなーぐちのエッセイをブログ形式で書いてくれないかとの依頼があり、2009年4月から6月までの3ヶ月間にわたって書きました。

上はその時の写真です。おもろまち某所で撮りました。

「沖縄の風」のウェブサイトの中に「沖縄Daily Voice」というコンテンツがあります。そのアドレスが

http://blog.goo.ne.jp/okinawa-wind/c/d3ccc08d20fd22616830f9ad17ac83f5

です。

全部で14回、写真も結構いっぱい入れたので面白く読みやすいうちなーぐちエッセイにしたつもりです。

是非、ご覧下さい。


追記
2008年までは「うちなぁ」という表記でしたが、2010年現在は「うちなー」と表記を変えました。その辺はご容赦下さい。
Date: 2010/10/06(水)


8 おきなわBBTVに私の動画があります!


インターネットのみのサイトで「おきなわBBTV」というサイトがあり、そこに私のうちなーぐち講座の動画があります。そのアドレスが


http://www.okinawabbtv.com/culture/utinaguchi/index.htm

です。ぜひご覧ください。



4つの短い動画があり、アシスタントの諸見里杉子さんが私に質問をして、それを全てうちなーぐちで答えて進めて行くというものです。日本語字幕付きです。

これは2007年の3月にアップされたもので、その動画をBBTVさんはずっとオリジナルコンテンツという事でウェブサイトに残してくれています。感謝です。御拝(にふぇー)でーびる。

この動画の反響は大きく、アメリカやブラジルなどから、私あてに直接メールが届いたりしましたが、驚いたのは中東のシリアからのメールでした。彼はレバノン人だが今はシリアにいるとの事でした。そして少数言語に興味があるとの事でした。

この世界は広いですね。色々な人がいますね。でもこういうメールが頂けたのもインターネットという世界に繋がる文明の利器が誕生したからでしょう。世界は広いのですが、もう狭くなっています。

これからの世の中は少数だからのけものにされるという時代は終わりを告げるでしょう。

BBTV御拝(にふぇー)でーびる。

追記
2008年までは「うちなぁ」という表記でしたが、2010年現在は「うちなー」と表記を変えました。その辺はご容赦下さい。
Date: 2010/10/06(水)


7 「まやー(猫)」も分からない社会になってしまっている

2010年現在、うちなーぐち(おきなわ語)を学校教育で教えていこうという動きはほとんどありません。

うちなーぐちは琉球王国時代から続く立派な言語なのですが、それを1879(明治12)年に、日本は武力を持って琉球王国を崩壊させ沖縄県を強制設置し、琉球王国の言語を「方言」だと思わせる教育をしてきました。

その中でも考えられないのが「方言札」というものを首から下げさせ、我々の文化の根源である琉球諸語を使ってはいけないと学校教育のなかで推し進めた事です。

人間の考えることって同じ事があるのが不思議ですが、前回書いた、イギリスのウェールズでも、何と、「Welsh Not(ウェールズ語禁止札)」と言うものを首から下げさせたそうです。

うちなーでも、ウェールズのように、公然とうちなー文化の破壊、撲滅を日本人ではなく、当のうちなーんちゅ(おきなわ人)が積極的にやってきたという悲しい歴史があります。

それは日本の支配が終わった1945(昭和20)年以降、琉球政府というアメリカ支配のもとでも行われていたのですから、戦前の日本の軍国主義がどれだけ強烈なものだったかお分かりでしょう。

その結果、現在では簡単な単語、例えば「猫」を、うちなーぐちでは「まやー」と言いますが、それさえも分からないという社会になってしまいました。

私は今までに約200人の、うちなー中南部の小学生に「まやー」と言う言葉は知っているか?ということを聞く機会を持つ事ができましたが、半数以上がもはや、分からないと答えるようになってしまっているのです。

しかし、同じく200人の小学生に英語の「キャット(cat)」は分かるかと聞くと、ほぼ全員が分かると答えました。

「キャット」は分かるが「まやー」は分からないうちなー。

うちなーんちゅは何人になりたいのでしょうか?

英語をペラペラ話せることが国際人なのでしょうか?

確かに英語が話せる事は大切でしょう。

しかし英語を話せたとして外国人とうちなーんちゅが交流する際に、外国人に「あなたの文化を教えて」と問われたときに簡単な単語、「まやー」も分からないという現状で、本当に国際交流が出来るのでしょうか?

この現状は外国人ならばだれでもおかしい事だと思うでしょう。

こういう現状を変える為にはどうすれば良いか?

単純に琉球の言語は大切だ、良いものだという意識を持てばよいのです。

そう思う為にはどうすれば良いか?

いくらでも方法はあるでしょう。

例えば、英国のウェールズがウェールズ語を義務教育で教えることになった歴史を学ぶことも良いことでしょう。

そういう方法もあるし、沖縄県では公務員は必ずある程度の、うちなーぐちを読み書き、また会話も出来なければ採用しない、などと手段はたくさんあると思います。
Date: 2010/10/06(水)


6 うちなーぐちを教育に導入する為にウェールズに学ぼう


写真は2007年にドイツのデュースブルク・エッセン大学にて世界中の危機言語についてのシンポジウムが開かれたのですが、私はそこに招待され、発表しました。その様子。


ウェールズについて書いてきましたが、これは、日本の中の少数言語(琉球諸語、アイヌ語、八丈語)にとって良い情報なので、もう少し書いてみます。

ウェールズは英国の一部ですが、州でもなく、県でもなく、一つの国として位置付けられています。

この辺が日本では理解されにくいと思いますが、そもそも英国の正式名称は

「United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland(グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国)」と言い、それを短くし「UK」とも呼びます。

その「UK」には4つの国があり、面積、人口が大きい所から

「イングランド」、

「スコットランド」、

「ウェールズ」、

「北アイルランド」となります。


そして、ここで取り上げたいウェールズですが、人口約290万で沖縄県の約2倍の人口です。

ウェールズにはウェールズ語(ケルト語派)という、英語(ゲルマン語派)とはまったく違う言語が存在します。

例えば「ありがとう」は、ウェールズ語では「ディーオル」。「おはよう」は「ボレダー」。「私はウェールズ語を習っています」(I’m learning Welsh)は「ラドゥー イン デスキ カムラーイ」と言い、全く英語とは違う言語だと言う事は一目瞭然ですよね。

それをもっと知りたい方は http://www.heart-of-wales.co.uk/welsh.htm#をご覧ください。

ウェールズ人は、ウェールズ語を英語と等しく学校教育で教えるべきだという考えのもと長年訴えてきて、1988年にはウェールズ地域での義務教育化に成功しました。

したがって290万人のウェールズ人は、英国という連合王国の一員ではありますが、独自に英語とウェールズ語を、義務教育期間に必ず学ばなければならないのです。

うちなーもこのようにウェールズに学べないでしょうか。
Date: 2010/09/23(木)


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